Crystaline [クリスタライン]

スチームパンクファッションを普段着にしているWebデザイナー、Crystalineの日記。スチームパンクな自作アクセサリーやファッションについて発信しています。作り方やスチームパンクについての基礎知識も。

シラノ・ド・ベルジュラック (1990年 仏)

私の好きな映画。大学生の頃夜中にテレビで放映していたものを観てからずっとお気に入り。『シラノ・ド・ベルジュラック』という17世紀に実在した、詩人で剣豪だった同名の人物を題材にしたもので、当時の風俗を再現した衣装と剣術のシーンが見応えあるのはもちろんのこと、それぞれの登場人物の心情を表す演出にグッとくる。
予めことわっておくと、その見た目の滑稽さからコメディと思われがちだが、コメディ要素は一切ないのでそういったものに期待するとがっかりするかもしれない。

あらすじ

シラノ・ド・ベルジュラック
孤高の騎士であり、詩人であり学者でもあるシラノ・ド・ベルジュラック
だがその人最大の障壁は大きすぎる鼻。
芸術や文学が物を言う、17世紀のフランス。シラノは口達者な大鼻の詩人であり、剣の達人なのだが、その元来の容姿ゆえに密かに想いを寄せているロクサーヌ(孤児でシラノの血のつながらない従妹。社交界の華。)に自分の気持ちを素直にできずにいる。そんな中、想い人であるロクサーヌに呼び出しを受けるシラノ。やっと人生の春が来たとばかりに浮き足立って喜ぶシラノだが、心に決めた人物がいることを打ち明けられる。
シラノとロクサーヌ
ロクサーヌから「話がある」と呼び出され、喜び勇んで会いに行くシラノだが…
またそのロクサーヌの想い人であるクリスチャンからはシラノはその従兄であり、名高き詩人でもあることから、ロクサーヌへの手紙の代筆を頼まれてしまう。かくして、世にも不思議な、男女3人が関わる恋愛劇が幕を明ける…。
シラノとクリスチャン
ロクサーヌに思いを馳せる美男の騎士クリスチャン

シラノ・ド・ベルジュラックの魅力

衣装デザインではアカデミー賞で衣装賞を獲得するなど、公開当時話題にもなった伝記映画であり、シラノ・ド・ベルジュラック自身死後から何度も戯曲として舞台化され、小説化、この映画以前にも1950年に映画化されるなどしている。
が、私が好きな映画としてこの映画を挙げると周りに知っている人は誰1人としていない、というほど知名度の低い作品だ。私は実はというと、先日日曜日(2015年6月7日)にDVDが届くまでこの映画は1度しか観たことがなかった。しかも録画もしていない。
私の特性をご存知の方なら納得して下さることと思うが、気に入った作品は最初から最後まで鮮明に覚えていることが多く、1度観ただけでも乱闘シーンの素晴らしさや、シーンごとの印象を何度も記憶の中で反すうすることができる特技がある。それだけ印象的な作品だということも言うまでもなく、今までに好きな映画を聞かれると、毎回細かく説明してその素晴らしさを広めてきたものだった。
誰よりも口達者で喧嘩っぱやく、孤高なシラノの1人の女性を思う純粋な気持ち、賢く気持ちを決して曲げないロクサーヌ、口べたで粗野ではあるが美男で心意気のあるクリスチャン。またその3人を取り巻く特色のあるさまざまな人物たち。平坦になってしまいがちな、伝記的恋愛潭をそうでないものにしているのは、この登場人物たちの性格の濃さによるところが大きいと思う。
またこの話をより魅力的にしているのが、この奇人ともいえるシラノ・ド・ベルジュラックが実在の人物である、ということだ。さすがに映画や戯曲、小説などではその人生に脚色はされていると思うが、こうして美談として語り継がれるほどの人物だった、ということは創作が今も続けられていることから読み取れる。
劇中のシラノも終盤、自分をソクラテスガリレオと同列に喩えているシーンがあるように、自分の雄弁さから敵をつくることも多かったようだが、それでも民衆にこうして親しまれているのは、権威やルールに縛られず、自分を貫き通した意思の強さによるものだろう。(Wikipediaなどで調べると、実際のシラノは権威に巻かれるべく、一度自分の意に反した論文を出し、その後覆すといった行為をしたおかげでたくさんの敵を作りもした)
17世紀の衣装も素敵だけれど、きらびやかで華やかな雰囲気ではなく泥臭く、史実に沿った時代劇といった趣なので、ただ綺麗なだけじゃない、ただ話があって終わりがある映画ではないものが好みの方はぜひ。

シラノ・ド・ベルジュラックとSF

この『シラノ・ド・ベルジュラック (1990)』の劇中でも当のシラノの口から死後親交の深かったル・ブレが出版した著作『月世界旅行記』の一端が語られるが、実際シラノは『月世界旅行記』、『太陽世界旅行記』というものを執筆している。それぞれ1656年、1662年に刊行され、17世紀ながらSFの先駆けとなるものとされている。
劇中"うつけ者"のフリをして月からやってきた人間と自ら名乗るシラノだが、その月世界への行き方がまた面白いので必見。

17世紀のSFはレトロフューチャーの中でも何に分類されるんだろう。やっぱりアンティークSFだろうか。
スチームパンクはもちろんのこと、私の興味はほとんどアンティークSFにあるので、月の満ち欠けで潮が引くことをヒントに、干潮を見計らって海面に浮かび、髪の毛を月に牽引させて月面に着陸しようとする話、夢があって好きですね。
今なら「そんなわけないやろ!」で済まされてしまいそうだけれど、17世紀ならSFだった、というところがまた。
19世紀のSFであるところのスチームパンクなものに対しては「"意味"がない」(現代の科学技術からすると構造的に無理なものがあったり、魔法的なものも登場するため)と言われることもあるけれど、このようにアンティークSFには現代から見たら面白おかしく思えるファンタジー要素があってもおかしくはない。
大学時代に感銘を受けた映画の題材となった人物が17世紀当時SFを書いていた、という事実をここ数日で知り、驚くとともにやはり好きな物には何かしら共通点がある、ということで納得もした。
シラノ・ド・ベルジュラック』というロマンチシストとロマンティックな映画を通して、改めてアンティークSFの良さに浸る事のできた一日でした。